「アーカイブ」と「アナーキー」は部分的に語源を共有している?!

元々映像制作やテレビの分野では、テープ棚管理を通じて長い間無意識のうちにアーカイブを経験しているのですが、「アーカイブ」と「バックアップ」の2つの用語はしばしば取り違えられる傾向にあるようです。今後非常に重要になるコンセプトであるだけに、バックアップとアーカイブの正しい理解を定着させたいと考えています。

まず、バックアップは読んで字の通り、「後方支援」であり援護、ひいては予備という意味で日常語としても使われます。データストレージの分野でも「予備のために複製されたデータ」を意味しているのは理解しやすいと思います。一方、アーカイブは、日本語で「書庫」つまり「使われなくなった文書、またはそれを収蔵した建物」ということなのですが、それだけでは今ひとつ理解しにくいようです。そこでアーカイブの語源を遡ることが一助になると考えています。

英語で"archive"という言葉が用いられ始めたのは17世紀頃のことです。英語の語彙の多くがそうであるようにフランス語から借用する形で移入されました。フランス語として定着する前は、ラテン語の「アルキウム」(またはアルキヴム)という言葉が元になっており、古代ローマ時代には「もはや日常の用に供しないが後年の利用のために保管される書類、あるいはそれらを収蔵する建物」という意味で使われていました。すでに現在のデータストレージ用語として使われるアーカイブが意味するところと同じだったということです。

「アルキウム」に派生する以前は 、同じくラテン語でアルケイオン(公文書、役所、官庁庁舎)という言葉が使われていました。さらに遡るとギリシャ語にたどり着きます。「官吏、役所、官庁、政府」を意味する「アルケー」という言葉は、「アルコー」という「始める、支配する、統治する」意味の言葉から派生しました。つまり、もともとの単語の核となる部分、"arche"は、統治される、支配される、統率されるといった意味を持ちます。

今日のような社会が形成されはじめた文明の黎明期においては、洋の東西を問わず行政の分野で戸籍管理や徴税で事務作業が発達し、大量のデータが生まれました。日本でも律令制とともに導入された体系的な統治システムの下では木簡が多用され、近年でも史料として出土しています。古代では徴税や戸籍管理など、行政関連の文書が圧倒的に多かったという事情を考えると、「アーカイブ」という言葉が政府、統治、行政と密接なつながりを持ちながら生まれたものであるというのも納得できます。「お役所仕事」というと專ら悪い意味で使われますが、昔は役所の仕事こそ情報量が多く、かつデータストレージ、アーカイブのコンセプトをも生み出すまでに発展してきた、情報技術:ITの先端の場であったと言えるでしょう。

ちなみに、無政府状態を意味する「アナーキー」という言葉がありますが、an-archy、支配のない、統治されていない状態という意味です。部分的ではありますが言葉の由来が「アーカイブ」も「アナーキー」も同じだったというのはちょっと意外です。

歴史的なアーカイブの例では、後世学術的、考古学的に重要な史料となるものがあります。20世紀を迎える前年に中国の西域の岩窟で唐代の夥しい文書が発見された敦煌文献。諸説あるようですが有力なのは、さしあたって必要のない大量にたまった文書をとりあえず岩窟に収蔵しておいたものだということらしいです。他の説には戦乱や焚書を避けて大切な経典を安全な場所に隠匿したというものもあります。この場合は現在のデータストレージ用語の「オフサイト」そのものです。

正倉院はわが国の歴史的アーカイブの代表かもしれません。大仏に奉献したという宗教的な側面がありますが、文書に限らないさまざまな文物が収蔵されています。しかも「献物帳」という目録、いわばメタデータ"ファイル"によって収蔵物が管理されていました。

雑学になってしまいましたが、こうして理解することで映像制作の場面でもバックアップとアーカイブの使い分けに役立てられると思います。

現在進行中の仕事でデータロストなど不測の事態に備える"予備データ"が「バックアップ」、「さしあたって使う予定がないが、後年の利用のために保存が必要」な"長期保管データ"が「アーカイブ」ということになります。映像制作のなかで何気なく保存性の高い記録メディアに保管したアーカイブがもしかすると数世紀後に学術的な史料価値を伴って「発掘」されることになるかもしれません。(な)